2011年3月18日

行方不明の方が少しでも多く無事で見つかりますように。
被災された方が少しでも早く、安心して暮らせるようになりますように。



11日、午後2時40分過ぎ、
名古屋から帰宅し、スーツケースはまだ玄関に転がしたまま
コート脱いでコート掛けて、トイレに行って、
トイレ中に、何かクラッとしたような感じがして
目眩とか起こしたこともないですが
何だろな〜と、トイレ流して
手を洗って拭いて、
リビングに行こうとしましたが、
やっぱり何かクラッとしてるぞと思ったら
自動ドアではないリビングのドアが勝手に閉まっちゃったので
何で閉まるとか思いつつも、地震かも
何かちょっといつもと揺れ方も、まわりの音も違うかも
TVで速報見るより、逃げ道確保だ
スーツケース挟めばダイジョブか
帰宅したばっかりだから、サイフと通帳も玄関のバッグの中だ
玄関に向かいましたが、多分揺れでヨタヨタだったと思う。
それくらい、振り回されるような揺れでした。
ちなみに、私の住んでる調布市はそれでもまだまだ震度5弱だったようです。



玄関の扉を開けて、スーツケースを挟んで、
外を見てましたが、社宅の隣の棟の避雷針が
ビューンビューンしなってて、
外はゴーーーーーッという音、
建物からはミシミシでもギシギシでもない、聞いたことない音、
室内からは食器がガチャガチャする音、何かがバサッと落ちる音。



どうするのが最善策か、とかいろいろ考えましたが
揺れてる時間も長いし、あんなに大きい揺れも初めてだったし
そのまま玄関で待機。
なんなのこれー、まだゆれるのー、まじこれやばくないー(>_<;)と
思わずつぶやいてました…。



揺れが収まってTVで震源地を確認してから名古屋に電話。
父がヘルニアの手術を受けて退院したばかりで
(そのため私は名古屋に帰省してました)
母と妹は仕事だし、名古屋も少し揺れてるし、
自宅にひとりなので、電話したら
「ん??そうだな、揺れたかもな!!」とのんびりした声で、ひとあんしん。
その後ダンナ様から電話があって、今、どこ??もうおうち??と。
ダンナ様には、東京駅と調布駅からメールをしてたので
だいたいの時間は読めてたようですが、
時間的に、私が社宅のエレベーターに閉じ込められてるんじゃないか、と
思ったそうです。確かに、ほんの数分の差ではありました。



その後は家で地震関連のニュースを見てましたが
津波まで来るなんて…。
まだまだ亡くなった方の人数も増えそうで
被災された方の心痛は想像すらできません…。



お金じゃ何の解決にもならないけど
今日は用事があって銀行に行くので
小額ですが義援金を送ります。
こんなことしかできない自分が情けないですけど…。



原発も、発電所内で対処している方は
どうなっているんでしょう…。